小宝島においでよ♪

  ~トカラ列島の島々のなかで一番小さな島~

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島の珍味

    海岸      探索
      大潮のときには海岸探索がおもしろい!
      今日ご紹介するのは旅行者の食卓では滅多に
      お目にかかれない珍味?
      自分の足で探索して調理してもらってみては?
海岸-1       海岸-2
   どこにいるかわかるかな?
      貝殻のない貝「ほうめ」と島民は呼びます。
      海草のにおいが強く、ちょっとグロテスクで、
      味にクセがあるので好き嫌いはあると思うけど、
      なかなかどおして、これが意外にうまい!
      圧力なべで30分くらい炊くと3分の1になっちゃいます。
      そして背中の垢?をごしごし取らなければなりません。
      これが苦味の原因なので・・
      その後の調理法は島にきたらということで・・・
海岸-3        海岸-4
   どこにいるかわかるかな?
      傘のような貝なので「じんかさ」
      もともとあまりいませんが、ここまで大きいのは珍しい。
      吸引力が強く、道具なしでは採れません。
      道具といってもマイナスドライバーやトンカチなど。
      採ったらその場でがぶり!
      ほどよい塩加減がいい味出してます♪
海岸-6        海岸-5
タカラ貝                      ニシ貝
移住する前は装飾品としか         本当の名前はわからない。
思っていませんでした。          「昔はよう採りに行ったもんじゃ」     
かなり栄養価が高く昔は妊婦さんの  持っていくとすごく喜んでくれる。
栄養補給に重宝されていた。         島民にとっての島味。        
湯がいてマイナスドライバーで
パッキと割っていただきます。
  1. 2011/01/11(火) 10:31:32|
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平家の隠れ家(大岩屋)

            大岩屋
「平家の落人伝説」が残っている。
実際には、第二次世界大戦の空襲で家を失くした島民が
避難場所として生活していた。
洞窟の中には、その頃生活していた跡が残されている。
大岩屋-1    大岩屋-2
定期船が運航されるまで     この穴に紐をかけ揺りかごにしていた。
宝島を行き来していた丸船が     洞窟の天井にも煤などの
展示されている。             生活痕が残されている。                           
  1. 2010/12/26(日) 10:27:22|
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ヤシガニの北限は小宝島!

ヤシガニ
ヤシガニはオカヤドカリの甲殻類で
ヤドカリのくせに貝殻を背負っていない。
大きいものでは全長50cmくらいあり凶暴です。
凶暴といっても性格はおとなしく自分から襲ったりしません。
でも鋏脚が強く、ヤシの実の堅い繊維も切り裂く。
人の指などなんなく切り取ってしまうらしい・・・
現在、絶滅危惧Ⅱ類

喜界島が北限とされていますが、小宝島でも生息しています。
沖縄では食用とされ、その味は美味だといわれています。
でも小宝島ではだれもヤシガニを乱獲したり口にする人はいません。
たまたまひょっこり出てきたときは、1~2日子どもたちに見せたり
写真を撮り観察したのち、静かにアダンの林へ返します。
なぜ、小宝島では食用にしないのか・・・
そこには隆起サンゴでできた島ならではの理由があります。
小宝島は人が亡くなっても埋葬する土がありません。
だから風葬して風化してから骨をお墓に移していました。
風葬したとき、ヤシガニはその身体を食し魂はヤシガニに乗り移って
子孫をずっと見守っていると言われてきました。
島民にとってヤシガニはご先祖様、そのものなのです。
きっと、これからもずっと見守ってくれることでしょう・・・
  1. 2010/12/21(火) 14:43:34|
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今日の1枚 日本最後のはしけ『小宝丸(しょうほうまる)』

『はしけ』とは沖に停泊した定期船に入り江が通れるくらいの小船
(小宝丸)が迎えに行き、定期船から人や荷物を小船に乗せ換え、
入り江に戻ってきて、人や荷物を陸に引き揚げる作業のことです。
時化た日などは大変危険を伴います。
   はしけ
小宝島は平成2年の4月に小宝島港の完成により
『はしけ』による通船作業はなくなったといわれていますが、
実際はその後も定期船が着岸できない時には『はしけ』は行われていました。
私も体験(陸への引き上げ作業)したことがありますが、
定期船になってからの『はしけ』は時化ているときと決まっていたので
人も積んだ荷物もびしょびしょで、船がひっくり返るのではないかと
陸から心配げに見守っていたのを覚えています。
事実上『はしけ』が行われなくなったのは
平成12年4月「定期船としま」が「フェリーとしま」に
生まれ変わったときといえるでしょう。
でも、港が小さい小宝島では『はしけ』こそ行わなくなったものの
今でも抜港に泣かされる日々は続いています。
  はしけ-1
  1. 2010/12/08(水) 09:52:32|
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うちわマップ

うちわ
    今年の夏、観光客の方が地図を持って
    暑い中を観光するのは大変だろうと 
    島内地図と観光案内を描いたうちわを作った。
    時々ながめて小宝島を思い出してくれていたら
             うれしいな♫
うちわ
うちわ-うら



  1. 2010/12/07(火) 11:45:45|
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